不登校生や引きこもりに伝えたい~母の死で学んだこと~

日常に慣れてはいけない・・

私事ですが先日私の母が急逝いたしました。

いることが当たり前と思っていた母。健康で病気などしなかった母が突然の入院。

容態が急変する可能性も聞かされていたものの、きっと大丈夫とどこか信じたかった。

生前はほとんど病気することもなく、元気あふれる母でしたが、難病にかかり、あっという間に旅立っていきました。

そこで痛感したことを不登校や引きこもりになっている子供たちや親御様に伝えたいと思います。

それは自己肯定感です。あるがままの自分でいいということです。

不登校・引きこもりに足りない自己肯定感

不登校や引きこもりの子供たちに共通するものの1つに自己肯定感の低さというものがあります。

あるがままの自分を受け入れられずこんな自分ではダメだ、情けないという気持ちが強いのが不登校、引きこもりの彼らです。

あるがままの自分でいいというのはなかなか意識しづらく、あまり考えていない人が多いのではないかと思います。

しかし不登校や引きこもりの彼らはそうではありません。

あるがままの自分=不登校=ひきこもりのため否定する気持ちが強くなります。

自己肯定感については息子が不登校になるまでは私もあまり気にしたことはありませんでした。

しかし不登校や引きこもりの心理がわかるにつれこれが大切なのだと痛感しました。

私の母は今思い返すと、何かしたいときに私の意見に反対したことはなかったと思います。

意見は言っていたかもしれませんが、否定したり、~すべき、このほうが良いなど、私が息子にしてきた過干渉というものはなかったと思います。

息子が不登校になり、自分の子供時代と比べなにが違うのかと考えた時にこれが大きいのかなと思いました。

また亡き祖母が無条件の愛情を注いでくれたと私自身が感じられたこと。

ありのままの私を母も祖母も家族皆が受け入れてくれていたことが、私の自己肯定感に繋がっていたのだと思います。

そして母亡きあとに私が感じたことが、母に対して反発心のあった私がありのままの母でいいと思えたことでした。

ありのままの母でいいと心から思えた

当時ではまだ少ない中学受験をし、私立の中学に私は入りました。

この経緯も一般的な中学受験をする家庭とは異なります。

たいていは大手の塾に子供をいれ対策を親がし、親の希望で親の主導で中学受験をします。

できるだけいい学校を目指して取り組むと思います。

私の場合には、当時学区の中学に少し不良がいて、「母に中学受験してみる?」と聞かれて「する」と安易に私は答え、特に勉強の指導を母から受けることもなく、なんとなく近い塾に夏休みと冬休みだけ通い、身の丈にあった学校に入りました。

猛勉強とは程遠かったです。

前述の通り私の母は、過干渉をすることなく私は育ちましたが、中学の私の周囲の友達は過干渉の母親の娘たちばかりでした。

「今度テストで80点以上取ったら、○○買ってもらえるんだ。」

「今度成績の順位が上がったら、○○に連れていってもらえるんだ」

こんな会話が飛び交っていました。

私はそんな友達をうらやましく、過干渉な母親にあこがれていました。私も何か買ってほしいなぁなんて単純に思っていました。

(でも今ならわかります。これは条件付きの愛情です。)

娘と母が仲良しで買い物に行ったり、出かけたりする。

私たち親子はあまりそういうことはありませんでした。

むしろ母はあまり私に物を買い与えず、その部分は私の父や祖母がしてくれていました。

そのため母に対して私のほうがこうしてほしい。

母親ならこうすべきだなんて思ってしまったり母の欠点にばかり目がいってしまっていました。

育った環境もあり私は友達の母親のような過干渉な母でありたいと思ってしまい、息子に対して過干渉をしてしまっていたのです。

母にさまざまな反発心さえ大人になっても尚もっていましたが、母が入院し容態が急変する可能性を医師から告げられ、徐々に母の容態が悪くなったとき私は初めて「ありのままの母でいい」だからお願いこのまま長生きしてほしい。奇跡を起こしてほしいと願いました。

気づくのが遅いですよね。

願いは叶いませんでしたが、母が自己肯定感の大切さや、ありのままの自分でよいということを教えてくれました。

また不登校や引きこもりの子供の存在を普段は意識していない方でも、万一子供に先立たれるようなことがあれば、その存在の大きさを知り、ありのままの子供=不登校や引きこもりであっても大切な存在であるということを実感するのだろうと感じました。

不登校引きこもりのあなたへ

今不登校や引きこもりでいて自分の人生が終わったと感じたり、もう死にたいと感じている人もなかにはいるかもしれません。

でもあなたたちは少なくとも親にとってはかけがえのない存在であり、ありのままのあなたたちでよいのです。

なかなか普段実感することはないかもしれませんが、絶対そうなのです。

苦しみ辛いとき、死にたいと思ったときは思い出してください。

無条件であなたを親は必ず受け入れます。

口では仕事をしろだの、学校へ行けだの言うかもしれません。

それは親が無知なだけです。

あなたたちをもしも失ったら初めて気づくのかもしれません。

しかしあなたたちが今まで生きてこれ、生活できているのが何よりの証拠です。

心配したり、口うるさいのは不登校や引きこもりであってもあなたたちが大切な証拠です。

あなたたちの将来が心配だから、親が亡きあとことを思うから、だから口うるさいことも言うのです。

絶対に死のうなんて考えないでください。

不登校や引きこもりのお子様の親御様へ

子供がいる日常が当たり前。

学校に行くのは当たり前。

こんな風に意識はしていなくても無意識に思っていると思います。

日常に慣れてはいけません。日常のありがたさ、何気ない幸せに気づいてください。

不登校になる要因にお話ししても世間体が気になったり、こうあるべきという考えが捨てられない親御様がいます。

しかしそれはあなたの子供が元気だから言えることです。

子供を授かったときに何を願いましたか?

私がよくカウンセリングでする質問です。

学歴を気にしたり、よい会社に入れようと考えていましたか?

ほとんどの親は無事に生まれてくることだけを考えていたはずです。

そのことをぜひ思い出してください。

不登校や引きこもりを受け入れてください。

条件付きの愛情ではなく無条件の愛情を注いでください。

そうすれば時間はかかるかもしれませんが、引きこもり、不登校の子供たちの自己肯定感が少しずつ高まっていくはずです。

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まとめ

日常に慣れてはいけない・・・。日常の何気ない幸せ。

息子が不登校になった時にそれは実感したはずでした。

後悔先断たずといいますが本当ですね。

もっと早くありのままの母を受け入れ、もっと娘として尽くしたかった。

母との日常をもっと大切にし、もっと一緒に時間を共有していたら・・と今は思います。

しかし母の死で感じたことを無駄にせず、自分の家族へ無条件の愛情を注ぎ、この気づきを糧としてカウンセリングで苦しんでいる皆様のお役に立ちたいと思っています。

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